Post一覧

前後際断

現在の状況を過去や未来と対比させてみるあり方を止める、つまり、過去(前際)にとらわれず、未来(後際)を憂うことなく今を生きよ、という禅の教え(曹洞宗 道元師、臨済宗 沢庵和尚)である。

(番外) 居酒屋兆治

山口瞳の連作的長編小説で、1983年に降旗康男監督、高倉健主演により映画化、また1992年に渡辺謙主演により、2020年に遠藤憲一主演によりテレビドラマ化された。舞台となる店「兆治」のモデルになったのはかつて東京都国立市の南武線谷保駅の近くにあった居酒屋「文蔵」である。

終わりの時

二つの作品が終了した。毎回、ビデオで観させていただいた。 特に、倉本 聰は大好きな脚本家なので、大概の作品は観させていただいている。

andrà tutto bene

andrà tutto bene 今、イタリアで皆が掛け合っている言葉です。 陽気なイタリアン、こんな状況でも凄い。新型コロナウィルスなんかには、負けないでください。 ローマの信徒への手紙12章2...

ホープチャンネル特別礼拝

ホープチャンネル特別礼拝 ▶もしわたしの民が (収録:2020年3月11日亀甲山教会、説教:花田憲彦牧師) ▶この最も小さい者のひとりに (収録:2020年3月18日亀甲山教会、説教:花田憲彦牧師)...

新型コロナウィルスと高齢化問題等

新型コロナウィルスと高齢化問題等 データブック国際労働比較2019|労働政策研究・研修機構 老年人口比率 NHK三宅民夫のマイあさ! マイ!Biz 「新型コロナウィルスと人口問題 欧米の事情」 ...

がんばらない防災術 辻 直美

辻直美さん、レスキューナースが教えるプチプラ防災 2020.03.18 国内外の災害現場で被災者の救命活動にあたる国際災害レスキューナース ↑【Radio】がんばらない防災術 辻 直美 16分台...

トリプルデッカー

トリプルデッカーと前花壇 春よ来い 相場御風 春よ来い 早く来い あるきはじめた みいちゃんが 赤い鼻緒の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている 春よ来い 早く来い おうちの前の 桃の...

大活躍!働き者の微生物

大活躍!働き者の微生物 新型コロナウィルスで世界中が大変なことになっていますが、人間にとって役に立っている微生物もたくさんいます。 汚水をきれいにするために、浄化センターの生物反応槽では目に見えな...

幸せへの扉は外に向かって開く

ヨハネの黙示録3章20節 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。

わずか三十六人の義人

三十六人の義人の大半は、農民や職人、商人といった地味な職業に従事しており、あまり目立たない謙虚な人たちでなければならないそうです。しかも・・・

あわてない

1分で手作りマスク ドラッグストアにないマスク。ないなら作ってしまえばいいのです。 例えば、・・・ こんな発想もあります。 バイク乗りのわたしはこれです。これは最高ですよ。 ...

蟄虫啓戸=啓蟄

蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)=啓蟄 3種の球根(ムスカリ、ヒヤシンス、チューリップ)を使った寄せ植え「トリプルデッカー」 春の暖かさを感じて、冬ごもりしていた虫が外に這い出てくる「啓蟄」のよう...

🌸さくら開花予想

🌸開花予想 さくらよ、早く来い。新コロナよ、早く消えよ。 歩き始めた「みいちゃん」が赤いヒモのクツはいて、さくらを見たいと待っている。 **出典:日本気象協会 <<<参  考>>> 🌸ウメ(...

一つの生命を救う者が世界を救える

一つの生命を救う者が世界を救える<タルムード> 戦争映画は苦手なので、あまり見ませんが、これ(シンドラーのリスト、実話作品、監督:スティーヴン・スピルバーグ)はたまたまTV(BS)でやっていましたの...

至福直観

コリントの信徒への手紙一 13章12節 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見る(we shall see face to face)ことになる。

自助>共助>>>>>>公助

地域に開かれた「三田キリスト教会」を目指し、伝道の一環として、「ひょうご防災リーダー講座」を受講し、「兵庫県防災リーダー」として認定を受けました。 出席されている方は、防災や地域で種々の行事等に活動されている人たちで、皆さん真剣に講習を受けておられました。

コンスタンティヌス1世   &ローマ教皇

ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌス1世(Gaius Flavius Valerius Constantinus ガーイウス・フラーウィウス・ウァレリウス・コーンスタンティーヌス、在位:AD306~337年)は「(教会)監督の中の監督」と自称しながら最後まで異教の教会の頭の大祭司の称号である「ポンティフェクス・マクシムス Pontifex Maximus」を好んで使用した。