私たちの教会

三田キリスト教会のホームページへようこそ
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兵庫県三田市のプロテスタント教会です。

三田キリスト教会のホームページを見ていただき、感謝いたします。
このホームページは三田キリスト教会の公式ウェブサイトです。
毎週土曜日には、神様に感謝し、祈りをささげる礼拝を行っています。
キリスト教に興味のある方、聖書に関心のある方、どなたでも歓迎いたします。

「だれもひとりぼっちにならない教会」
そんな家庭的なあたたかな愛の交わりがここにはあります。
どなたでも、お気軽にお尋ねください。
心より歓迎します。

私たちの願いは・・・
私たち一人ひとりが聖書を通して、また教会を通して体験したイエス・キリストとの出会い。それは言葉では表しようもないほどの大きな喜びであり、たとえようのないほどの深い感動に満ちてます。求めさえすれば、イエス・キリストは、いつでも私たちのそば近くに寄り添い、包み、励まし、力を与えてくださるのです。
その恵みを受けるための条件は何もありません。あなたが今どんな人生を歩まれていても、どんな境遇にあるとしても、ただイエス・キリストを求めさえすれば、あなたのそばに寄り添い、歩みを共にしてくださいます。それは、正に喜びの歩みであり、希望と力にあふれた歩みです。

セブンスデー・アドベンチスト三田キリスト教会・聖書研究会(以下、三田キリスト教会という)は、聖書主義に立つキリスト教・プロテスタントの教会です。

三田キリスト教会は、聖書に示されている神の愛(アガペー)による救いを全人類に伝え、その愛を、人々の必要に応えるさまざまな活動を通して実践しようとしています。

「セブンスデー」とは、「第7日」の意味で、これは週の第7日である聖書の安息日を聖日として守る教会であることを表しています。
また「アドベンチスト」とは、聖書の重要な教えである、キリストの再臨(アドベント)を待望する人たちを意味しています。

特に宗教改革(贖宥状〈しょくゆうじょう ※1〉に対するマルティン・ルターの批判がきっかけで起こった、16世紀のキリスト教世界における教会体制上の革新運動で、ローマ・カトリック教会からプロテスタントの分離へと発展した。)以来、プロテスタントの教えの中心となっている、聖書を信仰と実践の規準とする立場や、人が救われるのは、信仰のみによるという主張は私たち、三田キリスト教会の最も基本的な教えです。

また、三田キリスト教会では、次のようなミッションステートメント(指針)を掲げています。

世の光として
疲れた人、重荷を負う人が安らぐことができ、主イエス・キリストのご再臨に備えるために、それぞれの賜物〈たまもの〉を生かして互いに助け合い向上する、神の家族のような教会を目指します。

聖書「マタイの福音書11章28~30節」には、次のように書かれてあります。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

カトリック系の教会が豪華絢爛なイメージに対して、プロテスタント系の教会は特徴として十字架があるのみで簡素です。

いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。
どんなことにも感謝しなさい。
これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
(テサロニケの信徒への手紙一 5章 16~18節)

キリスト教に興味のある方、聖書に関心のある方、どなたでも歓迎いたします。
みなさまのお越しを心よりお待ち致しております。
所在地を見る

三田キリスト教会の2Fから見た三田旧市街 自然と人が共に暮らす素晴らしい風景が広がる

キリスト教(三田キリスト教会)では、あくまでも個人の主体的な考えを尊重し、強制的な手段を用いたり、本当の名前を隠しての勧誘など、判断を鈍らせるような方法を取ることを一切否定しています。
また、指導者の考えを一方的に押し付けたり、感情に訴えるような方法を取ることも否定しています。

多様性(diversity、ダイバーシティ)を重んじる
「多様性」とは、「いろいろな性質の異なるものが存在すること」「相違点」をいいます。「組織」での多様性とは「いろいろな人材を活かす戦略」をいい、さまざまな違いを尊重して受け入れ、積極的に活かすことです。そして、変化しつづける環境や顧客ニーズに最も効果的に対応し、優位性を創り上げていくことをいいます。
私たち人間には、それぞれ個性(特徴)があります。多様性の観点から言えば、その違い(性別や人種、宗教、思想、学歴・・・)をお互いに認め、それを活かすことで、社会がより発展していくのです。
当然、教会にもこの多様性の考え方が大切であることは言うまでもありません。一方的な押し付けや考え方では、教会の将来や発展はないのです。

※1:16世紀、当時のカトリック教会が発行した罪の償いを軽減する証明書

セブンスデー・アドベンチスト教会とは?