021 世の罪を取り除く神の小羊(ヨハネによる福音書1:19~34)
→マタイ3:1~12、マルコ1:2~8、ルカ3:15~17

洗礼者ヨハネの証し

19さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、❶「(あなたは何の資格もないにもかかわらず、皆に洗礼を授けているが、)あなたは、どなたですか」と質問させたとき、
→ユダヤ人(の宗教的指導者)たちが、エルサレムから祭司やレビ人たちを(19b、聖書協会共同訳)
→ここでのユダヤ人たちは最高法院に属する議員で、エルサレム神殿の祭司職に就き、ファリサイ派や他の指導者たちに影響を持つユダヤ教教師でもあった。ローマ帝国は最高法院に、ユダヤ人の慣習、特に宗教に関する決定権を与えていた。

20彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。
→メシア(ギリシア語:メシアス)は、ヘブライ語の「マシアハ」に由来し、「(油を)塗られた者」「油注がれた者」「選ばれた者」の意で、メサイアまたはメサイヤは日本語における音訳である(サムエル記上12:3~5)。ちなみに、「キリスト」は、「油注がれた者」のギリシア語「クリストス」に由来し、クリストスからの日本語における片仮名表記である。
→イエスをメシアとして認めた場合の呼称が「イエス・キリスト」である。

21彼らがまた、❷「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、❸「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。
→背景:マラキ書3:23
見よ、わたしは/大いなる恐るべき主の日が来る前に/預言者エリヤをあなたたちに遣わす。
→あの預言者:ここではメシア同様に待望されていた預言者(ヨハネ6:14、申命記18:15~18)。
→申命記18:15
あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。

22そこで、彼らは言った。❹「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」

23ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」
→イザヤ書40:3
呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え/わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。

24遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。

25彼らがヨハネに尋ねて、❺「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」(→いらつき、怒りが垣間見れる)と言うと、
26ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。
27その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」
→履物のひもを解く:ユダヤ人奴隷は、当然、主人に仕えるが、くつのひもを解くことまではしなかった。それは、異邦人の奴隷の役割(履物のひもを解くことは、当時、最低の仕事と考えられていた)であった。

28これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。→⓬のベタニア(⓰ではない)

神の小羊(メシアの登場)

29その(審問の)翌日、ヨハネは、自分の方へイエス(→神の子、主の僕)が来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。
→洗礼者ヨハネはイエスをたとえて、散らばった神の民を一つに回復するために屠り場に黙々と引かれていく犠牲の小羊のようだと言った(イザヤ書53:4~12)。小羊はまた、過越祭で祭司に屠られる小羊も意味する。過越祭は、エジプトで奴隷だったイスラエルの民を神が解放したことを覚えて祝われた。
パウロは、「わたしたちの過越の小羊」としてのイエスに言及する(1コリ5:7)。
30『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。
31わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」

32そしてヨハネは【証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。
→ヨハネによる福音書(イエスの内面を描いた、イエスと神との関係を最初に書いた福音書)だけが、イエスの洗礼そのものではなく、洗礼者ヨハネの証しの言葉を記している。
33わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。
→聖霊によって洗礼を授ける:神が霊をイエスに降らせたように、イエスはイエスに従う者に霊を降らせる(ヨハネ1:32)。
34わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」
→神の子:ヨハネによる福音書は、イエスこそがイスラエルを治めるために神が選んだ者だと主張する。