046 十二使徒の選抜 ヤコブ、ヨハネ
(マタイによる福音書10:1~4、マルコによる福音書3:13~19)

ルカによる福音書6:12~16
12そのころ、イエスは祈るために山(NIV:a mountainside、 NKJV:the mountain)に行き、神に祈って夜を明かされた。
13朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。

14それは、イエスがペトロと名付けられた❶シモン、その兄❷アンデレ、そして、❸ヤコブ(=大ヤコブ、ゼベダイの子、ヨハネの兄)、❹ヨハネ(=大ヤコブの弟、最年少)、❺フィリポ、❻バルトロマイ(=ナタナエル)、
15❼マタイ(=レビ、徴税人)、❽トマス、アルファイの子❾ヤコブ(=小ヤコブ、義人ヤコブ)、熱心党(→ギリシア語「ゼーローテス」(熱心な者)、ローマに対抗して戦ったユダヤ人グループのメンバーに付けられた名称)と呼ばれた❿シモン、
16ヤコブの子⓫ユダ(=タダイ)、それに後に裏切り者となったイスカリオテ(→ユダヤの地域「ケリオテ」の出身)の⓬ユダである。

<1>ヤコブとヨハネはペトロと並びイエスの3人の側近で、重要な場面(出来事)に登場する。
(1)イエスの変貌 マタイ17:1、マルコ9:2、ルカ9:28
(2)会堂長ヤイロの娘の蘇生 マルコ5:37、ルカ8:51
(3)ゲツセマネの園での祈り マタイ26:37(→参考Ⅰ)、マルコ14:33
(4)その他 ルカ22:8 

<2>ヤコブとヨハネの性格等
(1)ヤコブとヨハネは短気だった(マルコによる福音書3:17)。
ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。
(2)ヨハネは排他的だった(ルカによる福音書9:49~50)。
そこで、ヨハネが言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました。」イエスは言われた。「やめさせてはならない。あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである。」
(3)主から愛された弟子(主が愛された弟子)ヨハネ
1.ヨハネによる福音書20:2
そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」
2.ヨハネによる福音書21:7
イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。

<3>ヤコブ:大ヤコブ(ゼベダイの子) Jacobus
James「かかとを掴む者」(ヘブライ語) ゼベダイの子、漁師/ガリラヤ出身/ヨハネの兄(最初の殉教者)
ヨハネの兄で「ゼベダイの子ヤコブ」である。「アルファイの子ヤコブ」と区別するため「大ヤコブ」(年長のヤコブ)とも呼ばれる。父はゼベダイ、漁師であった。弟のヨハネと共にガリラヤ湖畔で網の手入れをしていたところをイエスに呼ばれ、そのまま父と雇い人を残して弟のヨハネと共に弟子になった。
二人はともに血気盛んで向こう見ずなところがあり「ボアネルゲス」(雷の子ら)と呼ばれていた。
イエスが捕らわれる直前、オリーブ山のゲツセマネに向かった時に、ヨハネ、ペトロと同行した。しかし、イエスの苦悩の祈りをよそに眠り込んでしまった。
キリストの死後、6年間スペインに行き布教活動を行った。エルサレムに戻るとキリスト教徒への迫害はすざましく、「使徒言行録」12:2によるとユダヤ人の歓心を買おうとしたヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられ、殉教(斬首)した。使徒の中で最初の殉教者である。
彼の弟子達はパレスチナを離れ、遺骸をスペインのコンポステラ(campus stellae:星の野原)に運んだとされている。
→使徒言行録12:1~3(新約聖書に記録されている唯一の使徒の殉教の死)
そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。

<4>ヨハネ Johannes
John「神は慈しみ深い」(ヘブライ語) ゼベダイの子、漁師/ガリラヤ出身/大ヤコブの弟
ゼベダイの子で大ヤコブの弟、ガリラヤの漁師の子。イエスを洗礼した洗礼者ヨハネの弟子。洗礼者ヨハネと区別するために特に「使徒ヨハネ」と呼んだり、「ゼベダイの子ヨハネ」「福音記者ヨハネ」と呼ぶこともある。ヤコブ、ペトロと共にイエスの一番弟子であり、常にイエスと行動を共にした。
兄弟ともに性格が激しく、勝ち気で、自分こそイエスの一番の弟子だと考え、仲間たちから〈ボアネルゲス〉(雷の子ら)とあだ名をつけられた。イエスが十字架にかけられたときも弟子としてただ一人、十字架の下にいた。また、イエスの墓が空であることを聞いてペトロとかけつけ、真っ先に墓にたどりついた。
イエスの母マリアを連れエフェソに移り住んだヨハネは、その後、パトモス島(エーゲ海に浮かぶギリシアの小島)に幽閉され(皇帝ドミティアヌス時代)、そこで「ヨハネの黙示録」を記した。十二使徒の中でただ一人殉教せず、95歳まで生きたとされる(皇帝トラヤヌス時代)。