フランス革命時の非キリスト教運動
フランス革命(1789年〜1799年、ブルボン朝の絶対君主制と封建的体制を倒した世界史上の代表的な市民革命-ブルジョア革命)が進行し、ジャコバン派の独裁政権時の1793年に、左派(ジャーナリストで政治活動家)のジャック・ルネ・エベール(Jacques René Hébert、1757年11月15日~1794年3月24日、右写真)によって進められた、神に代わり人間の「理性」を崇拝しようという非キリスト教化運動。
フランス革命は当初、教会の汚職や聖職者の富の占有(専有)に対する抗議として始まったが、これは多くのキリスト教徒も容認するものだった。なぜなら、当時のフランスは、ローマ・カトリックが支配的な立場にあり、少数の聖職者や貴族の特権階級が多くの土地を所有し、国を支配していたからである(当時、フランスには3つの身分制度があり、第一身分が聖職者、第二身分が貴族、第三身分が平民だった)。
アンシャンレジーム(フランス革命以前のブルボン朝、特に16~18世紀の絶対王政期のフランスの社会・政治体制)のもとで王権と結びついていたカトリック教会に対しては、革命当初から批判が強められており、特にジャコバン派の中の急進派であるエベール派(コルドリエ派ともいう)がキリスト教否定の立場をとった。
フランス革命の目途(意義)
フランスにおいてカトリック教会が保有していた大量の土地、権力、財産の公的な接収であり、カトリックそのものの解体であった(主たる動機については多くの議論がある)。
結果、革命政府は教会を抑圧し、国教として位置づけられてきたカトリックとそれに依存した王政を廃止し、更に3万人の司祭を追放、数百名の聖職者を殺害した。
フランス革命が起こった主な原因
当時のフランスは、聖職者・貴族・平民のピラミッド式(聖職者+貴族:平民=2:98)で、特権身分階級は税が免除されていた。平民たちは特権身分階級の贅沢な暮らしのために、働くという不平等社会そのものだった。併せて、当時のフランスは膨大な軍事費による慢性的財政難で、その補填は平民たちへの増税によって行われていたので、聖職者や貴族に対する平民たちの不満は最高潮に達していた。