008 マリアのエリサベト訪問、マリアの賛歌

マリア、エリサベトを尋ねる
ルカによる福音書1:39~45
39そのころ、マリアは(天使ガブリエルから聞いた「しるし」に応えるため)出かけて、急いで山里(→エン・カレム)に向かい、ユダの町に行った。
40そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
41マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子(→バプテスマのヨハネ)がおどった。エリサベトは聖霊に満た(→支配)されて
42声高らかに言った(預言的発言)。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
43わたし(=エリサベト)の主(=イエス・キリスト)のお母さま(=マリア)がわたし(=エリサベト)のところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。
44あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。
45主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

マリアの賛歌
<1>マリア自身が受けた祝福
ルカによる福音書1:46~50
46そこで、マリアは言った。「わたしの魂をあがめ、
47わたしの霊救い主である神を喜びたたえます。
→対句法:❶わたしの魂⇔わたしの霊、❷主⇔救い主
→主:⓵旧約聖書:ヤハウェ、⓶新約聖書:キュリオス
48身分の低い、この主のはしためにも/目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も/わたしを幸いな者と言うでしょう、
49力ある方が、/わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
50その憐れみは代々に限りなく、/主を畏れる者に及びます。
→49、50節の背景:(詩編103:17~18)主の慈しみは世々とこしえに/主を畏れる人の上にあり/恵みの御業は子らの子らに主の契約を守る人/命令を心に留めて行う人に及ぶ。
→マリアの礼拝は、弱く小さな自分への神の大きな恵みの業に対する感謝(まことの礼拝)が基となっている。
<2>イスラエルの民が受けた祝福
ルカによる福音書1:51~56
51主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、
52権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、
53飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。
54その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません、
55わたしたちの先祖におっしゃったとおり、/アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
→(出エジプト記2:24)神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
→(詩編105:8~11)主はとこしえに契約を御心に留められる/千代に及ぼすように命じられた御言葉をアブラハムと結ばれた契約/イサクに対する誓いを。主はそれをヤコブに対する掟とし/イスラエルへのとこしえの契約として立て宣言された/「わたしはあなたにカナンの地を/嗣業として継がせよう」と。
56マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家(=実家)に帰った。

マリアの賛歌は神をほめたたえるための祈り(礼拝)であり、不妊の女と言われたハンナが神から男の子(預言者サムエル)を授かった際の賛歌「ハンナの祈り」に類似し、また比較されます。

マリアの賛歌はラテン語「Magnificatマニフィカト」(神を崇める)と呼ばれることがあります。

この賛歌には、神は貧しい人々の友であるというルカによる福音書の重要なテーマが盛り込まれています。

ハンナの祈り(サムエル記上2:1~10)
ハンナは祈って言った。
「主にあってわたしの心は喜び/主にあってわたしは(→力、誉、勝利)を高く上げる。わたしは敵に対して口を大きく開き/御救いを喜び祝う。
聖なる方は主のみ。あなたと並ぶ者はだれもいない。(→変わらないこと、安全、確実を表現し、人々の避難所を象徴する→サムエル記下22:2)と頼むのはわたしたちの神のみ。
驕り高ぶるな、高ぶって語るな
思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神/人の行いが正されずに済むであろうか。
勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる。
食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子(→古代中近東で理想とされる子供の数→ルツ記4:15)を産み/多くの子をもつ女は衰える。
主は命を絶ち、また命を与え/陰府(→よみ:死者が生きる地下の世界で、すべての人が死後に行く裁きを待つ場で、刑罰を受ける場である地獄のことではない)に下し、また引き上げてくださる(→死者の復活ではなく、死に直面した状況からの回復を意味するのであろう→詩編30:4、49:16)。
主は貧しくし、また富ませ/低くし、また高めてくださる
弱い者を塵の中から立ち上がらせ/貧しい者を芥の中から高く上げ/高貴な者と共に座に着かせ/栄光の座を嗣業としてお与えになる。
大地のもろもろの柱は主のもの/主は世界をそれらの上に据えられた。
主の慈しみに生きる者の足を主は守り/主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。
主は逆らう者を打ち砕き/天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし/王に力を与え/油注がれた者(→マシアハ(ヘブライ語)⇒メシア:当時、イスラエルには王は存在しないが、将来において神が王を選び、イスラエルを治めさせるということがこのハンナの祈りによって示されている)の角(→力、誉、勝利)を高く上げられる。」