聖書にある「競走」と「競争」

ヘブライ人への手紙12章1節
こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。
コヘレトの言葉4章4節
人間が才知を尽くして労苦するのは、仲間に対して競争心を燃やしているからだということも分かった。これまた空しく、風を追うようなことだ。
コヘレトの言葉9章11~12a節
太陽の下、再びわたしは見た。足の速い者が競走に、強い者が戦いに/必ずしも勝つとは言えない。知恵があるといってパンにありつくのでも/聡明だからといって富を得るのでも/知識があるといって好意をもたれるのでもない。時と機会はだれにも臨むが人間がその時を知らないだけだ。
「下足番を命じられたら 日本一の下足番になってみろ。そうしたら誰も君を下足番にしておかぬ。」(小林一三)