ダニエル書8章 雄羊と雄山羊の幻(ダニエル第二の幻)

【ダニエル書8:1~8】→第二の幻の内容 8:2・・・8:14
わたしダニエルは先にも幻(→第一の幻:7章)を見たが、その後ベルシャツァル王の治世第三年(BC550)に、また幻(→第二の幻)を見た。
その幻の中にあって、見るとわたしはエラム州の都スサ(後のペルシアの首都)におり、ウライ川(→ダニエル書8:2、16、大きな人造運河)のほとりにいるようであった。
目を上げて眺めると、見よ、一頭の雄羊(→メディア・ペルシア)が川岸に立っていた。
二本の角(→メディアとペルシア:ダニエル書6:9、13)が生えていたが共に長く、一本は他の一本より更に長くて(→ペルシア)、後ろの方に生えていた。

見ていると、この雄羊(→メディア・ペルシア)は西(キュロス2世によるBC547のテュンブラの戦いでリディア、BC539のオピスの戦いでバビロンの征服)、北(ダレイオス1世のBC513の失敗に終わったスキタイ遠征)、南(カンビュセス2世によるBC525頃のエジプト等の征服)に向かって突進し、これ(→メディアとペルシア)にかなう(→敵う:対抗できる)獣は一頭もなく、その力から救い出すものもなく、雄羊(→メディア・ペルシア)はほしいままに、また、高慢にふるまい、高ぶった。
※ 最初は「メディア」が主導権を握ったが、後には「ペルシア」によって二つの国が統一された。 ※

これについて考えていると、見よ、西から一頭の雄山羊(→マケドニア〈ギリシア〉)が全地の上を飛ぶような勢いで進んで来た。その額には際立った一本の角(→アレキサンドロス大王)が生えていた。

この雄山羊(→マケドニア〈ギリシア〉)は先に見た川(8:2のウライ川)岸に立っている二本の角のある雄羊(→メディア・ペルシア)に向かって、激しい勢いで突進した。
みるみるうちに雄山羊(→マケドニア〈ギリシア〉)は雄羊(→メディア・ペルシア)に近づき、怒りに燃えてこれを打ち倒し、その二本の角(→メディア・ペルシア)を折ったが、雄羊(→メディア・ペルシア)には抵抗する力がなかった。
雄山羊(→マケドニア〈ギリシア〉)はこれを地に投げ打ち、踏みにじった
その力から雄羊(→メディア・ペルシア)を救い出すものはなかった。

雄山羊(→マケドニア〈ギリシア〉)は非常に尊大になったが、力の極み(at the height of his powerで角は折れ(→BC323、アレキサンドロス大王死去)、その代わりに四本の際立った角が生えて天の四方に向かった(ギリシアは四つの国〈四人の将軍〉に分割された)。

アレキサンドロスは、「最強の者が帝国を支配せよ」と後継者を決めなかったことから、彼の死後、4人の将軍達によって帝国は分割された。
→【ディアドコイ(後継者)戦争】~BC280頃
⓵エジプトのプトレマイオス朝
⓶シリアのセレウコス朝
⓷マケドニアのカッサンドロス朝
⓸小アジアのリュシマコス朝

【ダニエル書8:9~14】 
そのうちの一本からもう一本の小さな角が生え出て、非常に強大になり、南へ、東へ、更にあの「麗しの地」(→ダニエル書11:16、41、45:イスラエル、ユダの地)へと力を伸ばした。

これは天の万軍(→天使、神の民、聖なる民)に及ぶまで力を伸ばし、その万軍、つまり星のうちの幾つかを地に投げ落とし、踏みにじった。その上、天の万軍の長(→天使長〈長:ヘブル語でナギート=君主〉=「油注がれた君」(ダニエル書9:25)、「天使長ミカエル」(同10:21)、「大天使長ミカエル」(同12:1)=イエス・キリスト)にまで力を伸ばし、(エルサレム神殿における)日ごとの供え物を廃し、その聖所(→エルサレム神殿)を倒した(=祭壇が壊された)。

また、天の万軍(→天使、神の民、聖なる民)を供え物と共に打ち倒して罪をはびこらせ(=蔓延らせ)、真理を地になげうち(→正しい神への礼拝を禁止させ)、思うままにふるまった。

わたし(ダニエル)は一人の聖なる者(S1)が語るのを聞いた。
またもう一人(→別の)の聖なる者(S2)がその語っている者(S1)に言った。
この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され(→献げ物が廃止され)、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍(→軍勢)とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか

(S1)は続けた。
日が暮れ、夜の明けること二千三百回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。
→<聖所の回復>口語訳「聖所は清められてその正しい状態に復する」。

聖所は清められる →大贖罪日(大祭司が年ごとに第二の幕屋、つまり至聖所で行う奉仕の日)
大祭司が至聖所で行う奉仕の日である「大贖罪日」は、聖書暦第七の月(ティシュリの月)の10日目に当たります(→「ヨム・キプル」㊟祭司が日ごとに第一の幕屋、つまり聖所で行う奉仕とは異なる)。
→レビ記23:28~30

小さな角(2つの見解がある)
【見解1】 ローマ
①最初は「異教(多神教)ローマ帝国」、②後に「教皇制ローマ」「ローマ教皇権」
ローマは、BC65年、「東方」に進出してアレキサンドロス(アレクサンドロス)大王の祖国であるマケドニアを敗亡させてシリアを属州とし、BC63、「麗しの地」であるパレスチナをローマ帝国に組み入れた。
そして、地中海の支配権を争ったイタリア半島の南カルタゴを征服した後、BC30、「南方」の国であるエジプトを征服、こうして「ローマは、「非常に強大になり」(8:9)、大帝国へと成長した。
AD70、エルサレムを巡って起こった攻防戦である第一次ユダヤ戦争にて、エルサレム神殿(第二神殿)破壊した。

【見解2】 アンティオコス4世エピファネス
その治世(BC175~163)の末期(BC167)にユダヤ人の祭司の権威を妨害し、エルサレム神殿における日ごとの献げ物を廃し(8:13)、神殿に異教の偶像を安置した。この名前は、旧約聖書外典「マカバイ記一」では「悪の元凶」(1:10)と記されている。
→マカバイ記一1:10
そしてついには彼らの中から悪の元凶、アンティオコス・エピファネスが現れた。彼はアンティオコス王の王子でローマに人質として送られていたが、ギリシア人の王朝の第百三十七年に王として即位した。
→「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。」(マタイによる福音書24:15、16)。

二千三百回」は、ダニエル書8:14のみに出て来る表現
→2300の夕と朝は2300日で、「一日一年」の法則(民数記14:34、エゼキエル書4:6)より、2300日は2300年である。

【ダニエル書8:15~27】→天使ガブリエルによるダニエルの幻の解き明かし

わたしダニエルは、この幻を見ながら、意味を知りたいと願っていた。その時、見よ、わたしに向かって勇士のような姿が現れた。すると、ウライ川から人の声がしてこう言った。
ガブリエル(=神は力がある)、幻をこの人(ダニエル)に説明せよ。

彼(ガブリエル)がわたし(ダニエル)の立っている所に近づいて来たので、わたし(ダニエル)は恐れてひれ伏した(→平伏した)。

彼(ガブリエル)はわたしに言った。
人の子よ、この幻は終わりの時(→神の民に対する迫害の終焉で、終末のことではない)に関するものだということを悟りなさい。(→あなたが幻の中で見た出来事は、終わりの時に起こることだ。:LB)

彼(ガブリエル)がこう話している間に、わたし(ダニエル)は気を失って地に倒れたが、彼はわたしを捕らえて立ち上がらせ、こう言った。
見よ、この怒りの時の終わりに何が起こるかをお前に示そう。定められた時には終わりがある。

お前の見た二本の角のある雄羊はメディアとペルシアの王である。

また、あの毛深い雄山羊はギリシアの王である。その額の大きな角は第一の王(→アレキサンドロス大王)だ。その角が折れて(→BC323、アレキサンドロス大王死去)代わりに四本の角が生えたが、それはこの国から、それほどの力を持たない四つの国が立つということである。

四つの国の終わりに、その罪悪の極みとして/高慢で狡猾な一人の王(→8:9「小さな角が起こる。
自力によらずに強大になり/驚くべき破壊を行い、ほしいままにふるまい/力ある者、聖なる民を滅ぼす。

これらの王国の末期に、その道徳的腐敗が極みに達すると、非常に狡猾で抜け目のない一人の王が、怒りを込めて権力の座にのし上がる。

その強大な権力は悪魔から出たもので、彼自身のものではない。彼は何をやっても成功し、どんなに強力な軍隊でも、敵対する者はみな打ち滅ぼし、神様の国民をも荒らし回る。

彼は人を欺く天才で、偽りの安全の中にどっぷりつかっている大ぜいの人を、不意に襲って打ち負かす。

それで、自分こそ偉大な王だとうぬぼれ、『君主の中の君主』に戦いをいどむ。だが、そうすることによって、自分の破滅の運命を決定的なものにしたのだ。人間の力では打ち負かすことができなくても、神様の御手(みて)によって、彼は打ち砕かれるからだ。(LB)

才知にたけ/その手にかかればどんな悪だくみも成功し/驕り高ぶり、平然として多くの人を滅ぼす。ついに最も大いなる君(きみ)に敵対し/人の手によらずに滅ぼされる。

この夜と朝の幻について/わたし(ガブリエル)の言うことは真実だ。

しかし、(この幻は終わりの時に関わることなので)お前(ダニエル)は見たことを秘密にしておきなさいまだその日は遠い

わたしダニエルは(世界の強い国々が支配する歴史や神に民が非常に長い期間にわたって恐ろしい迫害や試練を受ける事実が分かり)疲れ果てて、何日か病気になっていた。その後、起きて(ベルシャツァルの)宮廷の務めに戻った。しかし、この幻にぼう然(呆然・茫然)となり、理解できずにいた。

メディア・ペルシア
メディアはBC612、バビロンと共にアッシリアを滅ぼしたが、BC549には、ペルシア(現在のイラン)に敗れ、ペルシアの属州となった。また、ペルシアは、BC549にはメディア、BC539にはバビロンを破った。BC331には、マケドニア(ギリシア)のアレキサンドロス大王に敗れるまで、ペルシアが古代中近東世界を支配した。その広範囲な支配によって、ギリシアの文化や宗教が各地に広まった。

㊟LB:THE LIVING BIBLE(リビング・バイブル)
㊟出典(地図):「最新世界史図説」帝国書院

【参考】イッソスの戦い(BC333) (縦3×横6m、1831年発見、ナポリ考古学博物館)
イタリア古代都市ポンペイ(BC100頃)の大富豪が製作を依頼し、家の床を飾っていたモザイク画

上左(下:拡大図)がアレキサンドロス(アレクサンドロス)3世、右がダレイオス3世

BC333、アレキサンドロスはアンティオキアの北西イッソスにおいてダレイオス3世自らが率いるペルシア軍10万と遭遇する(イッソスの戦い)。アレキサンドロスは騎兵と近衛兵(君主を警衛する君主直属の軍人または軍団)、徴募兵を縦横無尽に指揮してペルシア軍を敗走させた。

※PDF:ダニエル書8章 雄羊と雄山羊の幻(ダニエル第二の幻)
汚れから清めへ
汚れから清めへ(英語)