織田信長

今、NHK「麒麟が来る」で新しいイメージで話題となっている「織田信長」は、尾張の戦国大名、織田信秀の嫡男として生まれたが、織田家は、「越前国丹生郡織田荘(おたのしょう)」の豪族である。

人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。
織田信長がこの幸若舞「敦盛(あつもり)の一節を吟じて舞い、桶狭間の決戦(永禄三年、1560年)に臨んだ。

私のように福井出身の人間は知っているが、信長は「尾張」の出と思っている方がほとんどです(まちがいでもない)。

だから、「おたのぶなが」という呼び方が正解かもしれない。

出エジプト記18:21
あなたは、民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、頼に値する人物を/選び、千人隊、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい。

信長も光秀をこのように最後まで取り立てていたなら、歴史は全く変わっていたかもしれない(土師 萌)。