牧師の証し 
私がバプテスマを受けた時の牧師「花田憲彦」氏の証しを紹介します。 土師 萌

「闇から光へ~カルトからの脱出」花田 憲彦

私は大学時代、統一協会(現:世界平和統一家庭連合)で3年間活動していました。合同結婚式、霊感商法、親泣かせ原理運動などで世間を騒がせたあのカルト宗教です。1992 年にソウルのオリンピックスタジアムで開かれた合同結婚式には、桜田純子さんや山崎浩子さんも参加され、当時のワイドショーなどで盛んに報じられました。私も統一協会をやめていなければ、「文鮮明万歳」と叫びながら、あの狂気の輪の中にいた1人でした。

どうしてあんな変な宗教に足を突っ込むのか、と不思議に思われる方もいらっしゃると思います。でも当時は真剣だったのです。かつて山崎浩子さんがそうであったように、私もまたそうであったように、統一協会の中に希望を見いだし、そこに引き寄せられていく若者は今も後をたちません。

マインド・コントロールのはじまり

あれは、大学2年の終わりごろ、12 月の雪の降る寒い夜のことでした。夜の10 時過ぎに私のアパートを訪ねてきた人がいました。大学の先輩でした。「とてもいいサークルがあるので、一度でいいから覗いてみてほしい」と。最初は断っていたのですが、何度も誘われるので申し訳なく思い、一度だけ顔を出して、あとは断わるつもりで行ってみたのです。ところが、そのサークルのメンバーは本当に魅力的な人たちでした。

当時私は、だれにも言えない虚しさを心に抱えていました。表面的には楽しい大学生活でしたが、「このままそれなりに就職して、結婚して、子どもを持って、それなりに出世して、退職して……それで終わり?」――そう考えると、自分はなんのために生きているのだろう、人生ってなんだろう、人生、本当はこんなものじゃないはずだ……。そんな焦りにも似た思いに、ふととらわれることがありました。

衝撃を受けた二つの聖書の言葉

生き生きと輝いていた彼らと出会ったのは、そんな時でした。そして、そこで私自身が初めて開いた聖書の二つの言葉に衝撃を受けたのです。

まず、創世記1章1節(口語訳)です。「はじめに神は天と地とを創造された」

それまで私の先祖はサルだと思っていました。進化の過程で偶然生まれてきたという学校教育を受けてきたからです。でも、聖書の中にはそれと正反対の価値観があることを知りました。「ちょっと待ってくれ!」最初は頭が混乱しました。ここで、今まで自分が持っていた価値観にヒビが入ったのです。

聖書は、すべてのものは造られたと主張するのです。人間は進化の過程で偶然生まれてきたのではなく、神によって造られたと。造られたものであるならば、造られた目的があるはずです。「だとしたら、人生にも大切な意味がある!」生きる意味や目的を見失っていた当時の私には、「はじめに神は天と地とを創造された」というメッセージは実に新鮮でした。

2番目の聖句は、ルカによる福音書23 章34 節(口語訳)にあるイエス・キリストの言葉です。それは、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」というものでした。彼は、無実の罪で死刑を宣告され、鞭打たれ、人々からののしられ、十字架に釘付けにされました。私たちの罪の身代わりとして、刑罰を受けられたのです。そんな状況の中でキリストは、自分のためではなく、自分を迫害し、苦しめ、殺そうとしている人々のために祈られました。

私は、「こんな生き方があったのか!」という、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けたのです。

決心

私は「道を見つけた!」と思いました。「神を信じて生きる」という新しい道を歩んでみようと思ったのです。でも私が出会ったこの道が、イエス・キリストとは正反対の方向に続く道になるとは、思ってもみませんでした。私が接触を始めたこのグループは、統一協会の学生組織である原理研究会だったのです。しかし私は、ここで大きな決断をしました。これまでの世俗的な価値観を捨て去るために、お酒や友人関係を一切断ち切りました。さらには、持ち物を処分してアパートも引き払い、銀行通帳も統一協会に渡し、裸一つで統一協会の寮に入ることにしたのです。カラオケ大好き、ディスコ大好き、お酒大好き、冷蔵庫の中のビールは切らしたことがなかった、そんな普通の大学生が、お酒だけでなく、友人や、さらには家族まで捨てたのです。

この決心をしたとき、私は人生ではじめて「男泣き」というものを経験しました。この道が真理であるなら、たとえどんな迫害を受けたとしても、自分が犠牲になったとしても、神の国をこの地上に建設するために、この道を行こうという決断だったのです。

それからというもの、統一協会での超越した生活が始まりました。毎日4時間ほどの睡眠で、統一協会のための経済活動や伝道活動、さらには修行のようなことを、3年間真剣に続けました。

家族の反対

当然、友人や家族は、私が統一協会に入ったことに対して猛反対でした。特に、2年以上続いた両親とのやり取りは、もっとも苦しいものでした。どちらも真剣で、お互い腹を割った話し合いでしたが、口を開けば大喧嘩になるといった状態にまで発展し、父からは「包丁を持ってこい! それでお前を殺す!」とまで言われました。もう親子ともども限界に来ていました。

そのような緊張関係が続く中、両親が「ある人とぜひ会ってほしい」と訴えてきました。

セブンスデー・アドベンチスト教会の和賀眞也牧師です。彼はカルト団体からの救出活動を専門に行っている牧師ですが、統一協会の中では悪名高き存在で、私もその名前は知っていました。最初に和賀牧師と対峙したときは、サタン(悪魔)が人間の姿をとって目の前に現れたと、本気で思ったほどです。

しかし、この出会いを通して、統一協会が本当に正しいのかどうかということを、徹底的に検証する機会が与えられたのです。「絶対に統一協会のほうが正しい」と自信満々で臨んだこの対決でしたが、話し合えば話し合うほど、調べれば調べるほど、雲行きが怪しくなってきたのです。そして、このままここにいたら、自分の信仰は揺らいでしまうと感じて、3日目に逃げ出してしまいました。周囲の人々の反対を振り切って、冬の嵐の夜、真っ暗な外にただ1 人、飛び出して行ったのです。

脱会宣言

そのまま統一協会に戻ってちょうど1年が過ぎたころ、再び和賀牧師と出会うことになりました。再会は「お前をぶん殴ってやりたい」という私の暴言から始まりました。しかし、今度ばかりは逃げるわけにはいかず、聖書や統一協会の経典である原理講論、統一協会の歴史、その実態を客観的に調べることとなりました。

約1ヶ月にわたる検証の結果、「統一協会は偽りの宗教組織である」という結論に至ったのです。

それまで、「統一協会を辞めます」とは口が裂けても言えないと思っていましたが、和賀牧師の前で「辞めます」と言ったときは、さすがに泣いてしまいました。思えば涙を流して飛び込み、涙を流して飛び出した統一協会でした。

和賀牧師は、私が人生ではじめて出会ったクリスチャンでもあります。その生き方を見ていて強く感じたことがあります。イエス・キリストという柱を持った人の生き方の、なんと力強いことかということです。和賀牧師はどこまでもまっすぐな人でした。一見、不器用で世渡りが下手に見えますが、逆に、その生き方が私には新鮮で、そして力強い生き方に思えたのです。正直者がバカをみる時代にあって、こんな生き方は時代の流れに逆らっているのかもしれません。でもその背後に、キリストに対する彼の信仰を見たように思いました。強く美しい生き方を見せられた思いでした。

決して見捨てない神の愛

1990 年12 月、ついに私は統一協会に対して、脱会宣言をしました。しかしその後、私はすぐにイエス・キリストを救い主として受け入れ、クリスチャンになったわけではありませんでした。大見得を切って家を飛び出したものの、ゴミ箱に捨てられたようなボロボロの状態で仕方なく戻って来たのです。信じていたものに裏切られ、傷つき、もう何も信じられない、信じたくないという思いでいっぱいでした。まるで敗残兵のようにズタズタで、惨めな思いを抱えて実家に帰った私は、ほとんど引きこもりのような生活に堕ちてしまったのです。

そんな自分が、周囲からいちばん聞きたくなかった言葉がありました。「それみたことか!」という裁きの言葉です。しかし両親は、家に戻るしかなかった傷ついた私を責めることはありませんでした。何も言わず、引きこもっていた私に食事を準備し、あたたかく見守ってくれたのです。その物言わぬ愛に、どれほど癒されたことでしょうか。

そんなとき、すがるような思いで開いた聖書の箇所がヨハネによる福音書21 章でした。イエスを裏切ったペテロの前に、蘇られたイエスが再び現れる場面です。「あなたはわたしを愛するか」。自分を三度も裏切った彼に対して、イエスは、「あなたはわたしを愛するか」と三度も語りかけられたのです。

その時、私は思いました。「自分も人生に挫折し、傷つき、引きこもってしまったペテロと同じじゃないか。イエスはそんなペテロを決して見捨てず、もう一度招いてくださった。だとしたら、神はゴミ箱に捨てられたようなこんな自分をも愛してくださっている。神が愛のお方なら、絶対助け出してくださる」。もし神が愛のお方なら、もう一度、信じてみようと思ったのです。

その2年後、私はバプテスマ(洗礼)を受けてクリスチャンになりました。その時、かつて敵として戦った和賀牧師が、お祝いの色紙にこんな言葉を書いてくださいました。

花田さんの歩み それはすべて今日の日のため
憲彦さんの戦い それはすべてこのことのため
そして今日のこのことは すべてこれからのため
そして花田憲彦さんのこれからは すべて 神のために 友のために

青春の日々をささげて、そしてそれが全くの虚像であったということを思うとき、なんとも言えない虚しさを感じますし、それによって失ったものも多くありました。統一協会に関わり、バプテスマを受けるまでの5年間。それは自分にとっては闇の中の5年間だったように思います。しかしその闇の中で、神は真実の光、イエス・キリストを示してくださいました。そして、その本物の救い主と出会うことによって、今まで自分が歩んできた道、苦しんできたことの意味がやっとわかったような気がします。大きな回り道をし、多くのものを失ってしまったと思っていましたが、神は見捨てず、何よりもすばらしいイエス・キリストに出会わせてくださいました。

祈りを聴いてくださる神

統一協会に入る前、私が人生で初めて教会に足を踏み入れたときのことを覚えています。観光地にもなっている大きな教会でしたが、チャペルの天上に聖画が描かれていました。

今思えばそれはイエス・キリストの再臨の絵でした。その時、何気なく祈りました。まだクリスチャンでもなんでもなかったころ、祈りさえ知らなかったころです。

「神よ、この世に救い主がいるなら出会わせてください」

確かにこう祈ったことを覚えています。神はこの祈りを聞いていてくださいました。その7年後、私は本当の救い主に出会うことができたのです。皆さんも覚えていただきたいと思います。神は、あなたの心の叫びを必ず聞き届けてくださるすばらしいお方であるということを。

あなたは祈られている

一度は完全に死んでしまったような私が、今こうしていられるのは、自分ががんばったからとか、強かったからというのではありません。多くの方が祈ってくださったからです。

最初に和賀牧師と対決したのは1月でした。夜中まで議論しあって、途中でトイレに立ったとき、部屋の外に母の姿を見たのです。真冬の夜中、冷たい暗い廊下に正座して祈っていた母の姿です。母はクリスチャンではありません。でも、祈っていました。どうしようもない、親を捨てた馬鹿な息子のために祈っていたのです。

私は一生かかってもこの親の愛に応えることができません。父はこの後、重症筋無力症という難病にかかって4年半の闘病生活の末、息を引き取りました。私は父に、考えられないほどのストレスを与えていたのだろうと思います。私が父を殺したのかもしれません。しかし、父が亡くなる前に、両親と和解ができました。もし、神の憐みがなかったら、私の家族はバラバラでした。父が亡くなったあとも、ずっと罪悪感で苦しむことになっていたことでしょう。でも、神の愛によって、家族がもう一度絆を取り戻すことができたのです。

そして、ある方は、私がまだ統一協会にいるときから、私が統一協会の間違いを認め、キリスト教の牧師として立つことができるように祈ってくださっていたということを、私が牧師になった後に聞きました。

同じように、あなたのために祈ってくださっている人がいるはずです。あなたは今、偶然生きているのではないのです。誰かの祈りがあって、その祈りに導かれて今があるということを知ってほしいと思います。

キリストの祈り

「……父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」
( ルカによる福音書23 章34 節、口語訳)。

この「彼ら」とは、私のことであり、あなたのことでもあります。私が、そしてあなたが本当の神と出会うために、イエスは、すでに2000年前からあなたのために祈っておられたのです。

このイエスの愛は決して変わることはありません。たとえ、この世で罪人があなた1人であったとしても、イエスはあなたのために十字架の道を行かれます。それは神が用意しておられる永遠のすばらしい命を、あなたに生きて欲しいと願われるからです。

神はいつもあなたの心の扉をノックしておられます。どうぞ、そのノックの音を聞いてください。神はあなたが心の扉を開くのをひたすら待っておられます。

この十字架から流れ出るイエス・キリストの愛が、皆様お一人おひとりを満たすように、心よりお祈りいたします。

人生のビフォー&アフター 2020年10月1日初版第1刷発行 福音社