サウロ、そして後のパウロの生き様
使徒言行録に記されているサウロは、当初キリスト教会を激しく迫害する熱心なファリサイ派の青年であった。彼はステファノの殺害に賛成し、信徒たちを捕らえて牢に送り、家から家へと押し入って教会を荒らしていた。主の弟子たちを脅迫し、殺そうとまで意気込むほどで、その熱心さは神への忠誠心から出たものであったが、結果としてキリストを迫害する行為となっていた。
しかしダマスコへ向かう途上、天からの強い光に照らされ、復活の主イエスの声を聞く。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」との問いかけは、彼の信仰理解を根底から覆す出来事であった。彼は地に倒れ、目が見えなくなり、三日間断食しながら祈り続ける。この沈黙と暗闇の時間は、彼の内面の砕きと悔い改めの時であった。
主の命を受けたアナニアが彼を訪ね、按手すると、目からうろこのようなものが落ち、視力が回復する。サウロは洗礼を受け、聖霊に満たされて新しい使命へと立ち上がった。かつて迫害していたイエスこそメシアであると大胆に宣べ伝え始め、その論証は人々を驚かせた。その結果、今度は彼自身が命を狙われ、城壁から籠でつり降ろされて逃れることになる。
エルサレムでも当初は恐れられたが、バルナバの執り成しによって使徒たちに受け入れられ、自由に宣教するようになった。こうしてサウロは、迫害者から福音の証人へと劇的に変えられた人物として描かれている。
★聖書に登場する「サウロ」(PDF)
使徒言行録および新約書簡に描かれるパウロは、福音のために生涯を献げた宣教者である。彼はもともと熱心なファリサイ派であったが、復活のキリストと出会い、異邦人への使徒として召された。以後、聖霊に満たされ、各地を巡って福音を宣べ伝えた。
第一次伝道旅行ではバルナバと共に各地の会堂で語り、多くのユダヤ人やギリシア人が信仰に入った。しかし同時に、ねたみや反対にも直面し、石を投げられ、町から追放されることもあった。それでも彼は倒れても立ち上がり、弟子たちを励まし続けた。エルサレム会議では、異邦人に割礼を強いないという福音の本質を守るために尽力した。
第二次・第三次伝道旅行では、シラスやテモテらと共にマケドニアやギリシアへ渡り、フィリピ、テサロニケ、コリント、エフェソなどで教会を建て上げた。投獄されても賛美をささげ、看守の回心を見るなど、苦難の中でも神の力を証しした。アテネでは哲学者たちに向かって語り、コリントでは一年半滞在して教え、エフェソでは奇跡が起こった。彼の働きは常に論争と迫害を伴ったが、「恐れるな、語り続けよ」との主の励ましに支えられていた。
やがてエルサレムで捕らえられ、ローマ市民権を用いて不当な扱いに抗議しつつ、総督フェリクスやフェストゥス、さらにアグリッパ王の前で弁明した。彼は自らの潔白を主張するだけでなく、復活の希望を大胆に証言した。そして皇帝に上訴し、囚人としてローマへ送られる。航海の難破や危険の中でも人々を励まし、神の約束を信じ続けた。
ローマ到着後も、自費で借りた家に住みながら訪問者を迎え、神の国とイエス・キリストを語り続けた。彼の手紙は各教会に宛てられ、信仰の一致、十字架の恵み、復活の希望、愛に生きることを説いている。パウロの生き様は、迫害にも投獄にも屈せず、ただキリストの福音のために走り抜いた、献身と勇気、そして希望に満ちた歩みであった。