山一破たん たった1つの記事から始まった
~企業の隠ぺい体質が個人の生活を壊した~ アナザーストーリーズ 運命の分岐点

3兆5千億円の負債を抱え、廃業に追い込まれたエリート企業・山一証券。「社員は悪くありません」、そういって社長が泣き崩れた歴史的な破たん劇は、いかにして起きたのか?すべての始まりは、ある雑誌記者の執念のスクープ。タレコミをきっかけに、不正の闇を追求していった。その全貌を記者がテレビで初めて証言、さらに旧経営陣も舞台裏を明かした。バブルの絶頂から破たんへ、数奇な運命をたどった深い闇の正体とは?(アナザーストーリーズ 運命の分岐点より)

バブルの後始末|1997年4月26日~5月3日合併号5420号
山一証券を襲う重大疑惑の真相、損失補填疑惑を独占スクープ! 事 木村秀哉(当時36歳)
山一に不正の疑惑あり 何でここまで腐ってしまったのか。

このスクープから、わずか7ヶ月で100年の歴史を誇った山一は廃業に至る。

記事ネタは、1996年12月、「とにかく、見せたいものがある。会ってもらいたい」という一本の電話と後に知らされた一本の録音テープであった。
そして、このスクープからわずか7ヶ月で100年の歴史を誇った山一は廃業に至る。

・・・しかし、バブルは崩壊。その時、山一の経営陣は損失を隠すという重大な不正(→大口顧客だけを優遇した損失補填を行い、会社は簿外損失会計)に手を染めるそれが、やがて会社を破綻へと導いた。・・・

だが、この破綻劇にはあまり知られていない事実がある。
「私が悪いんであって、社員は悪くありませんから」
すべての責任を負い、記者会見をした社長の野澤正平(当時59)は3か月前に就任したばかり。しかも、信じられないことに肝心の不正の事実を全く知らされてはいなかった。

週刊東洋経済1997年11月22日号(11月17日発売)
・・・山一証券の存続を危うくするほどの損失(2700億円)を抱えていることを隠ぺいの方法とともに詳しく報じた。・・・再生への道の第一歩は「過去の懺悔から始まらなければならない。・・・後は本当に自然死を待つのみである。・・・

11月19日
山一証券の株価:65円(再上場以来最安値) 信用不安が広まる

更に二日後の21日、アメリカ格付け会社が、山一の社債を投資不適格へ格下げ。

1997年11月24日Am11:30
山一社長、野澤正平記者会見を行う。
「当社、誠に残念ながら、この度自主廃業に向けて、営業を休止することを決定しました。図らずも、当社100周年を迎えて、このような事態になたこと、誠に断腸の思いでございます。」

・・・(記者)社員について、どう思うか。

「これだけは言いたいのは、私らが悪いんであって、社員は悪くはありませんから。どうか社員の皆さんを応援してやってください。お願いします。」

無念さを押し殺して、頭をさげた社長の思いは計り知れません。そして、その破綻は何も知らされていなかった一万人の社員から突然、生活の糧を奪いました。

ミカ書6:8
人よ、何が善であり/主が何をお前に求めておられるかは/お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し/へりくだって神と共に歩むこと、これである。